「白い漂流物」

                      白鳥鈴奈

 ここはどこなのだろう?いったい、いつからここにいるのだろう?
広い薄暗闇の中にいるのは確かなようだ。
遠方に、かすかにゆっくりと揺れ動く「白い物」が見えていた。
考えることもなしに俺はその白い物に近づいていった。
白く平らな四角い物が、空中の四方八方にまっすく飛んでいる。
ある物はまっしぐらに勢いよく。ある物は、ぷよぷよとゆっくりと。
そしてよく見ると、顔がシワだらけのベレー帽をかぶった老婆がいた。
手に大きな虫をとる白い網のついた竿を持って、空中に振りかざしていた。
俺がさっき見た「白い物」は、その老婆の振りかざす網のついた竿だったのである。
俺は夢でも見ているのだろうか?
現実と非現実、もしくは覚醒と反覚醒、あるいは、意識と無意識の境界にでもいるような奇妙な感覚に襲われた。
 老婆は、なにやらぼそぼそつぶやいている。
しわがれ声が地面をはいずって僕の方まで近づいてくる。
「よいしょっと。やれやれ・・・」
虫でも捕っているのだろうか?網で何かをすくっては籠に入れている。
「困った世の中になった。昔はこれほどじゃなかったのに。」
しわがれた声でため息まじりにそうつぶやいた。
右手で肩をたたき、首をぐるっと回すと、また網を振り回しはじめた。
 俺は怖いもの見たさ、知りたさに老婆に声をかけてみた。
「あの~、さきほどから何をしているんですか?」
老婆は 俺がいることを先ほどから知っていたのか、こちらも見ずに言った。
「ゴミを集めているんだよ。ここの掃除をしているのさ。
みんな、気軽に出すものだから、仕事が増えて休む暇もなくなって しまった」
しわくちゃの顔を私の方に向けてそう言った。
深い瞳の光に、長い年月の年輪と思慮深さがあるように思えた。
俺は老婆が集めている籠の中のものを覗いてみた。
長さ50cmくらいの白い長方形のものが積み重なっていた。
「ゴミってなんですか?見てもいいですか?」
老婆は仕方ないといった顔つきで無言でうなずいた。
手にとってみると、大きなハガキのようである。
 なぜこんな巨大なハガキが空中を飛んでいるのだろうか?
なぜ老婆が集めているのだろうか?なぜこれがゴミなのだろうか?
俺はわけもわからずに、目の前の光景をただ漠然と受け入れるだけであった。
そして巨大なハガキを手にとって見ているうちに、俺は絶句した。
「これは・・・!!!」

 かなえちゃん。念願の君のメールアドレスを教えてくれてありがとう。
 さっそくメールしちゃいました(^^)
 同じ職場に入ってきた君と出会ってから、ずっとかなえちゃんのことが気になっていました。
 いつも君の笑顔を追いかけていました。
 こんな広い世界の中で、かなえちゃんに出会えたこと、神様に感謝しています。
 こんな気持ちになったのは初めてです。
 それはあなたが、あまりにも素敵すぎるから・・・
 あなたのことを想いながら今日も眠ります。
 あなたに会える明日が来るのが、1分1秒、待ち遠しいです。
 世界一素敵な愛しのかなえちゃんへ
 P.S. 電話待ってます。困ったことがあったら、何でも相談してね。
 
隼 純一
 住所 東京都○○町○○○
 TEL ○○-○○○○-○○○○
 
同じ職場のOLにアドレスを聞きだして、俺が昨日、かなえちゃんに送ったものだったのだ。

「これは、どうしたんですか?」
血の気を失いながら、俺は老婆に尋ねた。
「どうしたも、こうしたも、ただのゴミさね」
老婆は僕の心を見透かしたかのように、にやっと笑った。
そして、続けて言った。
「よく見てごらん。宛先を。」
 俺は顔を近づけて目をこらしてよく見た。
「しまった。そうだったのか。」
顔から汗が、たらたらと吹き出してきた。 
「 .(ピリオド)と 、(句読点)が間違っていたのか。 」

ABDC@hijk,ne,jpになっていた。

俺がそういうと、老婆はやっとわかったのか?という顔をした。
「こうやって、宛先が間違ったメールは、いつまでも世界中を回っているのさ。
そんなメールはすぐわかるんだ。飛ぶスピードが遅くなってくるんでね。」
 俺はこのメールがどうなるのか気になってきた。
「こうやって集めたのは、どうするんですか?」
「ごみだから燃やしてしまうね。ただわかるものは差出人に宛先不明で戻してあげるね。」
いいことをしているんだと言わんばかりに、誇らしげに言った。

「あるいは・・・」
あるいは、なんなんだ・・・?
なぜか嫌な予感がした。俺は胃がきゅんと痛くなってきた。

「たとえば、これなんかだと、・・・」
なんと、俺の書いたメールを手にして読んでいる。

「毎日、同じ単純な仕事ばかりで退屈なんじゃよ。時には、ちょっといたずらしてみたくなるねえ。」
中身を読んでから、筆で何か書いたかと思うと、ぽいっと勢いよく空にほおり投げてしまった。
俺のメールは、勢いよくどこかに飛んでいって見えなくなってしまった。
そして、老婆が俺の目を見つめて言った。
「違うアドレスに送ってみたくなるのさ。」

そう言った老婆の声がだんだん遠のいていった。
はっと気がつくと俺は家のパソコンの前に座っていた。
どうやら居眠りをして夢を見ていたようだ。
それにしても変わった夢をみたものだ。
かなえちゃんに送ったメールと全く同じ内容なんだからな。
ちょっと疲れているのかな。

とその時。
妻のさゆりが部屋にいきなり入ってきた。何か言いたげに怖い顔をしている。
右手には彼女のスマートホンを握りしめていた。
「あなた!これはどういうこと!」
メール画面をどんと見せつけられた。俺は冷汗がでてきた。
それは見たことのある内容だった。
妻の怒りは爆発寸前だった。

 言うまでもない。あれは夢ではなかった。
俺がかなえちゃんに送った、宛先を間違えたメール。
それを老婆が拾って、なにか書いてから、ほうり投げていた。
それが妻の元へ・・・。まいった。
老婆のにやりと笑った、しわだらけの顔が思い出された。 
(終)
                          
白鳥鈴奈のアトリエ  小説目次